顧問料の値上げは、多くの事務所にとって言い出しにくい話です。けれども、人件費や家賃、システムの利用料が上がり続けるなかで顧問料を据え置けば、その分だけ事務所の採算は悪くなり、職員の賃上げの原資もなくなります。
進め方の手がかりになるのが、内閣官房と公正取引委員会が公表している「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」です。この指針は、受注者が採るべき行動として、①相談窓口などで情報を集めて交渉に臨む、②根拠資料には公表資料を用いる、③申し出やすいタイミングで交渉する、④発注者の提示を待たずに希望する価格を自ら示すことを挙げ、発注者・受注者の双方に定期的なコミュニケーションと交渉の記録を求めています。顧問先を発注者、事務所を受注者として読み替えると、値上げの段取りがそのまま組み立てられます。
以下、指針の記述にもとづいて、顧問料の値上げの進め方を整理します。
1. 値上げの前に確かめること
業務量が契約時から変わっていないか
値上げの理由には、大きく分けて2つあります。事務所の原価が上がったことと、顧問先の業務量が増えたことです。後者は、顧問先の従業員数や取引量が増えた、記帳を事務所が引き受けるようになった、といった変化で、顧問先にとっても理解しやすい理由です。
まず顧問先ごとに、契約時と今で次の点を比べます。
| 比べること | 例 |
|---|---|
| 規模 | 売上、従業員数、拠点の数 |
| 取引量 | 月間の仕訳数、給与計算の人数 |
| 事務所が担う範囲 | 記帳、給与計算、届出など |
| 作業時間 | 月ごと・年1回の業務ごとの実績 |
顧問料の決め方(業務の範囲と原価から計算する手順)は顧問料の決め方で整理しています。
希望額を自分で決めておく
指針は、受注者の行動④として、発注者から価格を提示されるのを待たずに、受注者側から希望する価格を提示することを挙げています。発注者から先に価格を示されると、それ以上の額を求めにくくなるためです。事務所としての希望額は、申し出の前に決めておきます。
2. 根拠資料には公表資料を使う
指針は、受注者の行動②として、労務費の上昇傾向を示す根拠資料には、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率などの公表資料を用いることを挙げています。指針が例示している資料は次のとおりです。
| 区分 | 公表資料の例(指針の記載) |
|---|---|
| 関係者が決定プロセスに関与し、経済の実態が反映されていると考えられる資料 | 都道府県別の最低賃金やその上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率 |
| そのほかの労務費の上昇を示す資料 | 厚生労働省の毎月勤労統計調査の賃金指数・給与額やその上昇率、総務省の消費者物価指数、ハローワークの求人票や求人情報誌に掲載されている同業他社の賃金 |
また指針は、受注者が自主的に自社の労務費の状況を示すことを否定するものではないとしつつ、コスト構造を開示すると、逆に発注者からコストを査定され原価低減を求められる可能性もあると指摘しています。顧問先に事務所の原価の内訳をすべて見せる必要はなく、「公表資料で確かめられる上昇」と「業務量の変化」の2つで説明するのが基本です。
発注者の側については、指針は、受注者が公表資料を用いて示した価格を合理的な根拠があるものとして尊重し、満額受け入れない場合にはその根拠や合理的な理由を説明することを求めています。
3. 申し出る時期
指針は、受注者の行動③として、定期的な価格交渉のタイミング、受注者が申し出やすいタイミングなどで交渉することを挙げ、例として次の時期を示しています。
- 発注者の会計年度に合わせて(発注者が翌年度の予算を策定する前)
- 定期の価格改定や契約更新に合わせて
- 最低賃金の引上げ幅の方向性が判明した後
さらに、発注者・受注者共通の行動①の中で、毎年3月と9月の価格交渉促進月間を利用することが挙げられています。
顧問業務に当てはめると、次のような時期が考えられます。
| 時期 | 考え方 |
|---|---|
| 顧問先の決算の数か月前 | 翌期の予算に顧問料を織り込んでもらえる |
| 顧問契約の更新時期 | 契約書の改定と同時に行える |
| 最低賃金の改定の方向性が出た後 | 公表資料の根拠がそろう |
| 3月・9月の価格交渉促進月間 | 顧問先も価格の見直しを意識しやすい |
避けたいのは、事務所の繁忙期の最中に申し出ることです。確定申告や年末調整の時期は、顧問先と落ち着いて話す時間が取れません。繁忙期の予定は繁忙期の段取りで確認してください。
4. 申し出の文書と面談
文書に書くこと
いきなり口頭で切り出すより、先に文書を送り、そのうえで面談で説明する方が、顧問先も社内で検討しやすくなります。文書には次の項目を入れます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申し出の趣旨 | 顧問料の改定のお願いであること |
| 理由 | 公表資料で確かめられる上昇(最低賃金の上昇率など)と、業務量の変化 |
| 改定後の金額 | 事務所が希望する金額と、適用の開始時期 |
| 業務の範囲 | 改定後の顧問料に含む業務(変更があればその内容) |
| 今後の進め方 | 面談の候補日、問い合わせ先 |
指針は、発注者に労務費の転嫁の交渉を申し込む際の一例として、別添の様式を活用することも考えられるとしています。指針のページで様式を確認し、事務所の文書の参考にしてください。
面談で説明すること
- 値上げの理由(公表資料と業務量の変化)
- 改定後も変わらない業務の範囲と、事務所として続ける取組
- 適用の開始時期と、顧問契約書の改定の方法
適用の開始までに十分な期間を置くと、顧問先が予算を組み直す時間を確保できます。
5. 記録を残し、契約書を改定する
指針は、発注者・受注者共通の行動②として、価格交渉の記録を作成し、双方で保管することを挙げています。記録は、双方の認識のずれを解消し、担当者が代わったときの確認にも役立つとされています。
合意した内容は、次の形で残します。
- 面談の日時・出席者・合意した金額と開始時期を記録し、顧問先と共有する
- 顧問契約書を改定する(金額、業務の範囲、報酬の見直しの方法)
- 次回の見直しの時期を決めておく
次回に備えて、顧問契約書に「報酬の見直しの時期と方法」を入れておくと、次の改定を申し出やすくなります。
6. チェックリスト
- 顧問先ごとに、契約時と今の業務量を比べた
- 事務所として希望する金額と適用の開始時期を決めた
- 最低賃金の上昇率などの公表資料を用意した
- 事務所の繁忙期を避けた申し出の時期を決めた
- 申し出の文書を作り、面談の候補日を示した
- 面談の内容と合意を記録し、顧問先と共有した
- 顧問契約書を改定し、次回の見直しの時期を決めた
7. まとめ
- 値上げの理由は「公表資料で確かめられる原価の上昇」と「顧問先の業務量の変化」の2つで説明する
- 内閣官房・公正取引委員会の指針は、受注者が公表資料を根拠に、自ら希望する価格を示すことを求めている
- 申し出の時期は、顧問先の予算策定の前、契約更新時、最低賃金の方向性が出た後、3月・9月の価格交渉促進月間などが考えられる
- 交渉の記録を双方で保管し、顧問契約書に報酬の見直しの方法を入れておく
相談窓口として、指針には国や地方公共団体の窓口、よろず支援拠点の価格転嫁サポート窓口、商工会議所・商工会なども挙げられています。進め方に迷うときは活用してください。
参考資料
- 公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」 https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka.html
- 公正取引委員会「「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の改正について」(令和7年12月26日) https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2025/dec/202512_roumuhi.html
- 中小企業基盤整備機構「“価格転嫁”検討ツール」 https://kakakutenka.smrj.go.jp/kakakukentou/