士業事務所の補助者・事務職員の採用は、一般の事務職の採用と同じ労働法のルールに加えて、士業法ならではの決まりが重なります。職員は法律上の守秘義務を負い、所長には職員を監督する義務があり、行政書士事務所では補助者を置いたことを行政書士会に届け出る必要があります。また、税理士や社会保険労務士を目指す人にとっては、事務所での勤務が資格の登録に必要な実務経験に関わることがあります。
採用の手順は、「任せる業務を決める → 労働条件を明示して募集する → 入所時に士業法の決まりを説明し、届出を行う」の順に進めると抜けがありません。以下、厚生労働省の資料と、e-Gov法令検索の条文にもとづいて整理します。
1. 最初に、任せる業務と任せない業務を分ける
補助者の採用で最初にやることは、求人票を書くことではなく、事務所の業務のうち、補助者に任せるもの・資格者が必ず行うものを分けることです。
| 区分 | 例 |
|---|---|
| 補助者に任せる業務 | 資料の受付と整理、入力、書類の下書き、顧問先との日程調整、進行表の更新 |
| 資格者が確認する業務 | 補助者が作った書類の確認、顧問先への説明の内容 |
| 資格者が必ず行う業務 | 最終的な判断、署名・押印や電子署名、顧問先への助言の責任 |
税理士法第41条の2は、税理士が使用人その他の従業者を使用するときは、税理士業務の適正な遂行に欠けるところのないよう監督しなければならないと定めています。任せる範囲を決め、確認の手順を作っておくことは、この監督義務を果たすための前提にもなります。
この整理ができると、求人票の「仕事の内容」と「変更の範囲」を具体的に書けるようになります。
2. 募集時に明示する労働条件
厚生労働省は「令和6年4月より、募集時等に明示すべき事項が追加されます」で、求人企業などが労働者を募集する際に、新たに次の事項の明示が必要になったと案内しています。
| 追加された事項 | 士業事務所での書き方の考え方 |
|---|---|
| 従事すべき業務の変更の範囲 | 入所直後の業務(例:入力・資料整理)に加え、将来担当する見込みのある業務(例:申告書の作成補助、顧問先の担当)まで含めて書く |
| 就業の場所の変更の範囲 | 支所がある、在宅勤務を認めるなどの場合は、その範囲を書く |
| 有期労働契約を更新する場合の基準 | 繁忙期だけの有期雇用などでは、更新の有無と基準、通算契約期間や更新回数の上限を書く |
「変更の範囲」は、雇い入れ直後だけでなく、将来の配置転換などの見込みも含めた、労働契約の期間中の変更の範囲を指します。補助者から資格者の補佐、将来は担当者へと業務が広がる見込みがあるなら、その範囲まで書いておくと、入所後の認識の食い違いを防げます。
3. 資格の取得を目指す応募者に伝えること
士業事務所には、資格の取得を目指して働きたいという応募者がいます。その場合、事務所での勤務が資格の登録に必要な実務経験に関わることがあるため、正確な情報を伝える必要があります。
| 資格 | 条文の定め(要旨) |
|---|---|
| 税理士 | 税理士法第3条:税理士試験の合格者などが税理士となる資格を得るには、租税に関する事務または会計に関する事務で政令で定めるものに従事した期間が通算して2年以上あることが必要 |
| 税理士試験の受験資格 | 税理士法第5条:税法に属する科目の受験資格の一つとして、税理士・税理士法人などの業務の補助の事務などに通算2年以上従事したことが挙げられている(大学で社会科学に属する科目を修めた者など、他の要件もある) |
| 社会保険労務士 | 社会保険労務士法第3条:試験の合格者などで、労働社会保険諸法令に関する厚生労働省令で定める事務に従事した期間が通算して2年以上のもの、または厚生労働大臣が同等以上の経験を有すると認めるものが、社労士となる資格を有する |
事務所での具体的な業務がこれらの「事務」に当たるかどうかは、事務所が判断して約束するものではありません。 応募者には、各士業の会や試験の実施機関の案内で確かめるよう伝え、求人票や面接では「実務経験になる」と断定しないようにします。
4. 入所時の手続きと説明
守秘義務の説明
税理士法第54条、社会保険労務士法第27条の2、行政書士法第19条の3は、事務所の使用人その他の従業者にも守秘義務を定め、従業者でなくなった後も同様としています。違反には罰則もあります。入所時には、法律上の義務であることと、事務所の情報の扱いの決まりを説明し、誓約書を受け取ります。詳しくは顧問先の情報の扱いで整理しています。
行政書士事務所の補助者の届出
行政書士法施行規則第5条は、次のように定めています。
- 行政書士は、その事務に関して補助者を置くことができる
- 補助者を置いたとき、または補助者に異動があったときは、遅滞なく、その者の住所と氏名を行政書士会に届け出なければならない
- 補助者を置かなくなったときも同様
税理士事務所・社会保険労務士事務所でも、所属する会の会則などで職員に関する届出や登録が定められている場合があります。所属する会の案内を確認してください。
入所時のチェックリスト
- 労働条件通知書(業務と就業場所の変更の範囲を含む)を交付した
- 士業法上の守秘義務と事務所の情報の扱いの決まりを説明し、誓約書を受け取った
- 行政書士事務所の場合、行政書士会への補助者の届出を行った
- 所属する会の会則にもとづく届出などの要否を確認した
- 社会保険・労働保険の資格取得の手続きを行った
- 最初に任せる業務と、確認者を決めた
- 端末・アカウント・見られる情報の範囲を決めた
5. 面接で確かめること
補助者の仕事は、正確さと、期限を守るための段取りが中心です。面接では次の点を確かめると、入所後の食い違いを減らせます。
| 確かめること | 聞き方の例 |
|---|---|
| 繁忙期の働き方 | 確定申告や年末調整の時期に業務量が増えることを説明し、働き方の希望を聞く |
| 数字と書類の扱い | これまでの仕事で、数字の照合や書類の確認をどのように行っていたか |
| 情報の扱い | 個人情報や機密情報を扱った経験と、そのときに守っていた決まり |
| 資格への関心 | 資格の取得を目指しているか。目指す場合、勉強の時間の確保についての希望 |
| 使う道具 | 表計算、会計・給与のソフト、電子申請などの経験 |
厚生労働省の「採用選考時に配慮すべき事項」は、本籍・出生地、家族に関すること(職業、続柄、健康、収入など)、住宅状況、生活環境・家庭環境などを、応募者の適性・能力と関係のない事項として挙げています。これらを聞かないよう、質問をあらかじめ準備してください。
6. 落とし穴
- 仕事内容を「事務全般」とだけ書く:変更の範囲も書けず、入所後に「聞いていた仕事と違う」となりやすくなります。
- 実務経験になると断定する:資格の登録要件に当たるかは、各士業の会や試験の実施機関が判断します。
- 守秘義務の説明を口頭だけで済ませる:誓約書を残し、退職時にも改めて伝えます。
- 行政書士会への届出を忘れる:補助者を置いたとき・異動したとき・置かなくなったときに届出が必要です。
- 確認の手順がないまま任せる:税理士法第41条の2の監督義務を果たせる形になっているか、任せる前に確かめます。
7. まとめ
- 採用の前に、補助者に任せる業務と資格者が行う業務を分ける。税理士法第41条の2は使用人等の監督義務を定めている
- 令和6年4月から、募集時に業務と就業場所の変更の範囲、有期契約の更新の基準の明示が必要
- 資格の取得を目指す応募者には、実務経験の要件(税理士法第3条・第5条、社労士法第3条)を正確に伝え、該当するかは会の案内で確かめてもらう
- 入所時には守秘義務の説明と誓約、行政書士事務所では行政書士会への補助者の届出を行う
採用に関する法令や会則は改正されることがあります。求人を出す前に最新の案内を確認してください。
参考資料
- 厚生労働省「令和6年4月より、募集時等に明示すべき事項が追加されます」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/haken-shoukai/r0604anteisokukaisei1.html
- 厚生労働省「2024年4月から労働条件明示のルールが変わります」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_32105.html
- e-Gov法令検索「税理士法」(昭和26年法律第237号)第3条・第5条・第41条の2・第54条 https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC1000000237
- e-Gov法令検索「社会保険労務士法」(昭和43年法律第89号)第3条・第27条の2 https://laws.e-gov.go.jp/law/343AC1000000089
- e-Gov法令検索「行政書士法」(昭和26年法律第4号)第19条の3 https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC1000000004
- e-Gov法令検索「行政書士法施行規則」第5条 https://laws.e-gov.go.jp/law/326M50000002005
- 厚生労働省「採用選考時に配慮すべき事項」 https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo1.htm