税理士・社会保険労務士・行政書士の事務所に勤務していた人が独立するとき、最も迷うのが「顧問先や勤務先の情報をどこまで独立後の仕事に持ち込んでよいか」という点です。ここを整理せずに独立すると、勤務先との間で秘密保持や競業避止をめぐるトラブルになりかねません。

結論から言うと、問題になりうる点は「秘密保持義務」と「競業避止義務」の2種類に分かれ、法的な性質が異なります。 前者は士業法そのものが定める義務で退職後も消えません。後者は雇用契約や就業規則に条項がある場合だけの問題で、契約の内容と裁判例の基準で有効性が決まります。以下、この2つを分けて整理します。


1. 秘密を守る義務は、資格を離れても続く

税理士法・社会保険労務士法・行政書士法は、いずれも業務上知り得た秘密について、資格者でなくなった後も秘密保持義務が続くと定めています。

士業条文定めの要旨
税理士税理士法第38条正当な理由がなく、税理士業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、または窃用してはならない。税理士でなくなった後においても、また同様とする
社会保険労務士社会保険労務士法第21条正当な理由がなく、その業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、または盗用してはならない。開業社会保険労務士または社会保険労務士法人の社員でなくなった後においても、また同様とする
行政書士行政書士法第12条正当な理由がなく、その業務上取り扱った事項について知り得た秘密を漏らしてはならない。行政書士でなくなった後も、また同様とする

さらに、資格者自身だけでなく、補助者や事務職員として働いていた従業者にも同様の守秘義務が課されています(税理士法第54条、社会保険労務士法第27条の2、行政書士法第19条の3)。つまり、資格者として勤務していた人だけでなく、補助者として勤務していた人にも、退職後の守秘義務は同じように及びます。

この義務から、独立にあたって次のことが導かれます。

  • 勤務先の顧問先の経営情報・個人情報を、独立後の営業資料や提案書に使わない
  • 勤務先在籍中に作成・関与した書類やデータを、退職時に持ち出さない(コピー・メール転送を含む)
  • 独立後に同業の顧問先と接する場面があっても、勤務先時代に知り得た内部情報をもとに話をしない

違反した場合、税理士法第59条・社会保険労務士法第32条の2・行政書士法第22条は、いずれも拘禁刑または罰金を定めています(告訴がなければ公訴を提起できない親告罪)。罰則の有無にかかわらず、秘密保持義務は資格そのものに由来する義務であり、独立という事情があっても免除されません。


2. 競業避止義務は、士業法ではなく契約と判例で決まる

秘密保持義務と異なり、税理士法・社会保険労務士法・行政書士法のいずれにも、退職後に同業で働くこと自体を禁止する規定はありません。 独立や転職を制限しているとすれば、それは勤務先との雇用契約書や就業規則にある競業避止条項です。

競業避止条項の有効性は無条件ではない

経済産業省の資料「競業避止義務契約の有効性について」は、裁判例が競業避止義務契約の有効性を判断する際の考慮要素として、次の6点を整理しています。

考慮要素内容
守るべき企業の利益の有無保護に値する正当な利益(営業秘密、顧客情報など)が実際にあるか
従業員の地位顧客情報や事務所の運営に深く関与する立場だったか
地域的な限定禁止される地域が無制限に広くないか
存続期間禁止される期間が必要以上に長くないか
禁止行為の範囲禁止される競業行為の範囲が過度に広くないか
代償措置制約の見返りとなる手当・退職金の上乗せなどがあるか

これらの要素を欠き、職業選択の自由を過度に制約すると判断される条項は、無効とされる可能性があります。競業避止条項があるからといって、独立そのものが一律に禁止されるわけではありません。 条項の文言(禁止される地域・期間・行為の範囲)と、自分の在籍時の立場・待遇を照らし合わせて確認することが出発点になります。


3. 顧問先からの依頼にどう向き合うか

秘密保持義務と競業避止義務のどちらとも関わるのが、勤務先の顧問先から独立後に依頼を受ける場面です。

  • 在籍中に、独立後の依頼を前提とした勧誘をしない。 在籍中の勧誘は、雇用契約上の誠実義務や、競業避止条項があればその条項に反するおそれがあります。
  • 独立後、顧問先の側から自発的に連絡があった場合は、経緯を記録しておく。 いつ、どのような経緯で連絡があったかを記録しておくと、後に勤務先との間で行き違いが生じた際の説明材料になります。
  • 勤務先との顧問契約が現に継続しているかを確認する。 顧問先が勤務先との契約を解約しないまま並行して依頼してくる場合、契約上・信義則上の問題が生じうるため、顧問先自身にも勤務先との契約関係を整理してもらう必要があります。

迷う場合は、自分の雇用契約書・就業規則の競業避止条項の有無と内容を確認したうえで、必要に応じて弁護士に相談することが望ましい対応です。


4. 登録の変更手続き

独立にあたっては、士業の名簿への登録内容も変更が必要です。

  • 税理士法第18条は、税理士名簿の登録事項に事務所の名称・所在地を含めています。第20条は、登録を受けた事項に変更を生じたときは遅滞なく変更登録を申請しなければならないと定めています。他の税理士・税理士法人の補助者として勤務していた場合(税理士法第2条第3項)、自分の事務所を構えて開業する際には、この変更登録の手続きが必要になります。
  • 社会保険労務士法第14条の2は、報酬を得て業務を行う開業社会保険労務士の事務所の登録(第2項)と、事業所に勤務して業務に従事する勤務社会保険労務士の登録(第3項)を分けています。勤務から開業への移行は、登録区分の変更にあたります。
  • 行政書士法第1条の4は、行政書士が他の行政書士や行政書士法人の使用人として業務に従事することを妨げないとしています。使用人の立場から自分の事務所を構える場合も、登録事項の変更が必要です。

事務所をどこに構えるか、開業までの全体の流れについては士業の開業・独立の流れで整理しています。登録の変更に必要な具体的な書類は、所属する予定の士業の会に確認してください。


5. チェックリスト

  • 雇用契約書・就業規則に競業避止条項があるかを確認した
  • 競業避止条項がある場合、禁止される地域・期間・行為の範囲と、代償措置の有無を確認した
  • 在籍中は、顧問先への独立後の勧誘を行っていない
  • 勤務先の資料・データ・顧客リストを退職時に持ち出していない
  • 独立後に顧問先から依頼があった場合、経緯を記録する準備をしている
  • 登録の変更(開業への変更登録)に必要な書類を確認した

6. まとめ

  • 秘密保持義務(税理士法第38条・社会保険労務士法第21条・行政書士法第12条)は、資格者でなくなった後も続く。補助者・事務職員にも同様の義務がある
  • 各士業法には、退職後の競業そのものを禁止する規定はない。制限があるとすれば雇用契約上の競業避止条項であり、有効性は経済産業省が整理する6つの考慮要素で判断される
  • 顧問先からの依頼は、在籍中に勧誘しないこと、独立後は経緯を記録しておくことが基本
  • 独立時は、勤務形態(補助者・勤務社会保険労務士・使用人行政書士など)に応じた登録の変更手続きが必要になる

雇用契約の内容や個別の事情によって判断が分かれる点があるため、競業避止条項の有効性に疑問がある場合は、弁護士への相談を検討してください。

参考資料