士業事務所で採用に費用と時間をかけても、入所から数か月で辞められると、求人から教育までをやり直すことになります。早く辞める理由は本人の向き不向きに見えがちですが、多くは入所前の説明と入所後の関わり方で減らせます。
入所から 90 日の定着のために事務所で決めることは、辞めた理由を同じ項目で数える、入所前に仕事と条件を書面で具体的に伝える、90 日の予定表と面談の日を先に決める、教える担当と相談の窓口を分けるの 4 つです。以下、90 日で辞める仕組み、自分の事務所での数え方、入所前に伝えること、90 日の予定表、相談の窓口、落とし穴、測り直しの順に整理します。
1. 90 日で辞めるのは、説明と実際がずれ、関わる人が決まっていないから
入所から間もなく職員が辞める事務所では、次のような状態が重なっています。
| 状態 | 起きること |
|---|---|
| 入所前の説明がおおまか | 「会計の仕事」「事務全般」とだけ伝え、担当する業務や繁忙期の働き方が入所してから分かる |
| 教える人が決まっていない | 手の空いた職員がその都度教えるため、教わる内容が人によって違い、聞きにくい |
| 教える順番が決まっていない | 入所直後から顧問先の対応を任される、または何週間も雑務だけが続く |
| 話を聞く日が無い | 困りごとを言い出す場が無く、辞めると決めてから初めて所長が知る |
| 辞めた理由を残していない | 同じ理由で辞める人が続いても、事務所として気づけない |
どれも本人ではなく、事務所の側で決めれば変えられるものです。まず、これまでに辞めた人の理由を数えるところから始めます。
2. 自分の事務所の辞め方を数える
過去 3 年の入所者を、辞めた人も残っている人も含めて 1 人 1 行で書き出します。記録する項目は次のとおりです。
| 項目 | 書き方の例 |
|---|---|
| 入所日 | 2025 年 4 月 1 日 |
| 採用の経路 | 求人サイト、ハローワーク、紹介、事務所のホームページ など |
| 職種 | 会計の補助者、給与計算の担当、事務職員 など |
| 辞めた日 | 2025 年 6 月 20 日(残っていれば空欄) |
| 在籍日数 | 80 日 |
| 辞めた理由(本人の言葉) | 「思っていた仕事と違った」 |
| 辞めた理由(事務所の見立て) | 入所前に顧問先の訪問があることを伝えていなかった |
| 理由の分類 | 下の表から 1 つ |
| 面談の回数 | 1 回 |
理由の分類は、先に決めておくと数えやすくなります。
| 分類 | 例 |
|---|---|
| 仕事の中身が説明と違う | 担当する業務、顧問先の対応の有無、使う道具 |
| 労働時間 | 繁忙期の残業、休みの取り方 |
| 教え方 | 教わる相手がいない、教わる内容が人によって違う |
| 人間関係 | 所長や先輩との関係 |
| 給与・評価 | 給与の額、上がり方の見通し |
| 本人・家庭の事情 | 転居、家族の事情、体調 |
書き出したら、90 日以内に辞めた人の割合、採用の経路ごとの残り方、90 日以内に辞めた人の理由の分類の 3 つを見ます。理由が「仕事の中身が説明と違う」に偏っていれば第 3 章から、「教え方」に偏っていれば第 4 章から直します。人数が少ない事務所では割合より 1 人ずつの経緯を見るほうが役に立ちます。
3. 入所前に、仕事と条件を書面で具体的に伝える
労働基準法第 15 条第 1 項は、使用者に、労働契約の締結に際して賃金、労働時間その他の労働条件を明示することを求めています。明示する事項と方法は厚生労働省令で定められています。同条第 2 項は、明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は即時に労働契約を解除できるとしています。入所前の説明と入所後の実際のずれは、定着の問題であるとともに、労働条件の明示の問題でもあります。
法定の事項に加えて、入所前に次のことを書面で伝えておくと、入所後のずれが減ります。
- 担当する業務の範囲:記帳、給与計算、申告書の作成の補助、顧問先への訪問の有無など
- 繁忙期の働き方:年末から 3 月にかけての残業の見込みと、休みの取り方。繁忙期の期限の重なりは繁忙期の段取りの記事で整理しています
- 試用期間の扱い:期間と、その間の条件
- 最初の 90 日の予定:第 4 章の予定表をそのまま見せる
求人の出し方と入所の手続きは、補助者の採用の記事で整理しています。
4. 90 日の予定表と面談の日を先に決める
入所の前に、教える担当者を 1 人決め、90 日の予定表を作ります。たとえば次のような形です。
| 時期 | 教えること・任せること | 面談で聞くこと |
|---|---|---|
| 1 週目 | 事務所の決まり、道具の使い方、情報の扱い | 説明と違っていたことはないか |
| 30 日目まで | 決まった手順の仕事(入力、書類の整理、資料の受け取り) | 聞きにくいことはないか、教わる内容が人によって違わないか |
| 60 日目まで | 担当者と一緒に顧問先 1〜2 社の仕事を通して行う | 仕事の量と時間はどうか |
| 90 日目 | 1 社を主に担当し、担当者が確認する | この先 3 か月でできるようになりたいこと |
顧問先の資料を受け取り、そろったかを数える仕事は、手順が決まっていて入所直後から任せやすい仕事です。依頼と督促の決まりは資料回収の記事で整理しています。
面談は、教える担当者とは別の人(所長か、ほかの職員)が行うと、教え方への不満も出やすくなります。聞いたことは記録に残し、次の面談で直ったかを確かめます。
5. 相談の窓口を決めておく
労働施策総合推進法第 30 条の 2 第 1 項は、事業主に、職場における優越的な関係を背景とした言動であって業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによって労働者の就業環境が害されることのないよう、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることを求めています。
所長と職員の距離が近い小さな事務所ほど、所長本人への不満を言い出す先がありません。相談を受ける人と、相談を受けたときの対応を決め、入所の 1 週目に本人に伝えておきます。
6. 落とし穴
- 辞めた理由を本人の言葉だけで残す:「一身上の都合」だけでは次に何を直すか分かりません。事務所の見立ても書きます
- 入所直後から顧問先の対応を任せる:手順を覚える前に顧問先とのやり取りが始まると、失敗が本人の負担になります
- 何週間も雑務だけにする:何を覚えればよいか分からず、先の見通しが持てません
- 面談の日を決めていない:忙しい月ほど面談が飛び、困りごとが残ったまま辞める判断につながります
- 教える担当者に面談も任せる:教え方への不満が、教えている本人には言い出しにくくなります
7. 半年ごとに測り直す
入所前の書面、90 日の予定表、面談の日、相談の窓口を決めたら、半年ごとに第 2 章と同じ項目で数え直します。見るのは、90 日以内に辞めた人の数と理由の分類、面談が予定どおりに行われた割合の 2 つです。
測り直しの前に、次の点を確かめておきます。
- 過去 3 年の入所者の記録が、同じ項目でそろっている
- 辞めた理由を、本人の言葉と事務所の見立てに分けて書いている
- 入所前に、担当する業務・繁忙期の働き方・試用期間の扱いを書面で伝えている
- 入所の前に、教える担当者と 90 日の予定表を決めている
- 面談の日が予定表に入っていて、教える担当者とは別の人が話を聞いている
- 相談を受ける人と対応を決め、入所の 1 週目に伝えている
入所者の記録の表と 90 日の予定表の見本は、当サイトの資料で配っています。
8. まとめ
- 入所から 90 日で辞めるのは、入所前の説明と実際のずれ、教える人と順番が決まっていないこと、相談先が無いことが重なるためです
- まず過去 3 年の入所者を 1 人 1 行で書き出し、辞めた理由を同じ分類で数えます
- 入所前に、法定の労働条件に加えて、担当する業務・繁忙期の働き方・試用期間・最初の 90 日の予定を書面で伝えます
- 教える担当者と 90 日の予定表を入所前に決め、面談は教える担当者とは別の人が行います
- 相談の窓口と対応を決め、入所の 1 週目に伝えます
- 半年ごとに同じ項目で数え直し、次に直すところを決めます
法令は改正されることがあります。労働条件の明示の事項や相談の体制を決める前に、最新の条文と厚生労働省の案内を確認してください。
参考資料
- e-Gov法令検索「労働基準法」第15条 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- e-Gov法令検索「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」第30条の2 https://laws.e-gov.go.jp/law/341AC0000000132